一番言われたくない言葉を一番言われたくない人から言われて萎えてしまった。
あなたは一度だってなぜわたしがピエロを演じなければいけないのか聞いてくれなかったくせに。
向き合うことを放棄して人を傷つけることは簡単だ。
簡単だけど残酷すぎて、みんなやってないだけだ。
そのことに気がつかないまま、人生を過ごしていくんだね。未熟なまま、幸せになってね。
一番言われたくない言葉を一番言われたくない人から言われて萎えてしまった。
あなたは一度だってなぜわたしがピエロを演じなければいけないのか聞いてくれなかったくせに。
向き合うことを放棄して人を傷つけることは簡単だ。
簡単だけど残酷すぎて、みんなやってないだけだ。
そのことに気がつかないまま、人生を過ごしていくんだね。未熟なまま、幸せになってね。
傑作を観た。映画としての完成度は言わずもがな、みなさまの感想を拝見してなるほどなぁとますます好きになるタイプの、最高な映画。
それよりも個人的には、湊役の黒川想矢さんの演技を見ていたら、遠い遠い過去に消えてしまったと思い込んでいた記憶が鮮明によみがえり、苦しくも悲しくも、壮大なカタルシスを感じざるを得なかったので
ふたたび記憶が薄れないうちに残しておく。
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小学校5年生のとき、みんなが異性の話をしてて、それはそれで楽しかった。クラスに気になる男の子がいて、両思いみたいになったし、その人とキスすることとかを夢想したりもした。
同時に、別のクラスの女の子のことを考えてすごくドキドキもしてた。でもそんな話は誰もしてないの、だから、これはわたしだけの問題なんだと思った。
嫌いと好きは紙一重って言うから、好きかもってドキドキするのは嫌いだからかも、と思って、その子のことを嫌いだと思い込むことにした。
例えじゃなく本当に、夜な夜なベッドに寝転がっては、「大丈夫、大丈夫。わたしは〇〇が嫌いなんだ」と自分に言い聞かせるうちに、
彼女の目線や後ろ髪、笑顔を見るたびにうごめく感情の正体は"憎悪"なんだと思い込むことができた。
ある日水泳の授業で、水着姿の彼女が何か話そうと近づいてきた。
その瞬間、いつもの感情が竜巻のように巻き起こり、ものすごい形相で乱暴に水をかけ追い払った。
大っ嫌いだから近づかれたくないんだ、と自分を納得させる反面、こんなこと(押し寄せる感情を憎悪で片付けること)が絶対におかしいとも分かっていた。
テレビでは毎日のようにオネエタレントがイジられてて、その逆は身近に存在すらしなかった。
うっすらとしかし確実に確認しているアイデンティティと、それを認めないであろう世界と、認めたくないわたしと、全部が苦しいし面倒だから、擬態することにした。
普通であることが何よりも大事であると銘打って臨んだ中高時代、わたしは異性との恋愛に固執した。"恋多き女"というステレオタイプに自らを成り下げることが生活の中の最も重要な事項で、そのことだけに邁進した。基本的にうまく事は進んだ。うまいことやった。頑張って頑張って、で最後に崩れた。
こういう、今まで蓋をしてきて忘れてた気持ちが一気にぶわってよみがえって、本当に苦しくて、映画館で人生でいちばん泣いた。
湊の気持ちが痛いほど分かって、こころがグルグル回転してしまった。
同時に、今のわたしの感情やアイデンティティが幼いわたしから地続きなんだった、と思い出せたことにすごく感謝している。
小学生のわたしに会いに行って、大丈夫だよって抱きしめてあげたい。上手くいくから、世界は進むから、自分に誇りを持てるようになるから、大丈夫だよ。病気じゃない、おかしくない、大丈夫。
傷つけあう世の中で、少なくとも過去の自分を認めてあげたいなんていう優しい気持ちにさせてくれたこの映画をわたしは一生愛すると思う。
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・観てない人、ネタバレしてごめんね。
・小学校のころひどい態度取ってしまった女の子には、大学時代2人で飲みに行って謝ったよ。相手は覚えてすらなくて、ホッとした。ごめんね。
なんでDEIでオンナが優遇されるのか。
ひとことで言えばアファーマティブアクションだけど、その在り方があんま良くないなって思ったからちょっと書くね。(知らない人はここで検索)
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女性はオンナを優遇しろ!なんて思ってなくて、男性もオトコを優遇しろ!なんて思ってなくて、
ほとんどの人間は、50/50で行きましょう、って思ってて、
であれば、その50/50の(当たり前・標準かつ、理想でもある、)世界ってどんなモンかっていう部分を最初にすり合わせるべきだった。
すり合わせたら見えてくる問題として、現状もしくは歴史的に、女性が女性であるからという理由のみで社会進出を妨げられていた、つまり50/50じゃない状況がある。(首都圏に住む慶應卒だと感じにくいですが、まだあります)
でもじゃあ新卒で同じ会社に入社して、男性は10年間最低限の有給のみで働き、女性は月経痛がひどく生理休暇をそこそこ利用し、結婚し産休を取り子供を産んだとする、物理的な仕事の上達度は一般的に考えれば勿論、休みなく働いた男性の方であり、彼が出世するのもまた一般的である。
生物学的な違いから物理的な仕事への参画度が異なる場合、資本主義の世界において参画度が高く貢献度が高い方に賃金を多く支払うことは至極当然である。女性からしたら悲しいが、ある種避けられない問題とも言える。
一方で家庭を築く責任は当たり前だが性別問わずある。育休を取って子の病や行事への対応をすること、仕事と生活のバランスを取っていくことは、男性からしても悲しい(幸福哉)が避けられない問題である。
会社に雇われた仕事をする上で「制約になりうる避けられない問題」は、上記のように男女問わずあるが上記のように、せいめいの作りという観点から偏る場合もある、そのせいで結果的に50/50から厳密に言えばズレてしまうことは、仕方ない。
ただ、ズレてしまっているという「結果」が時を経て、「理由」に差し変わり、
オンナは("現状として、上記のような理由があるから致し方なく")賃金が低いので、オンナは仕事にコミットできないのだ、オンナはデキが悪いのだ、はたまたそれが飛躍・または別のヘイトと結びつき、オンナはヒステリックだから管理職に向いていない、などと坂道を転がる雪玉のように大きくなっていってしまい、社会的に男女の格差が広がってしまった、という現状がある。
50/50に寄せていこう、という認識でいましょうね、がDEIだと思っている。男女以外のジェンダーの問題や、国籍、言語、ディサビリティ、
もしかしたら本当の本当に平等になるのはもっと先になるかもしれないが、バランスが悪い状況は是正しようね、という共通認識がある状態が好ましいと思っている。
50/50がいいのに、60/40になっているとしたら一時的に、40側の優遇をして、50に寄せていくことは大切だと思う(アファーマティブアクションと言います)が、その説明を十分にしないママ40→50だけをやったので、それは、そうなる。
なので正直DEIキャンセルの風潮も、別にありだと思っていて、もう少し成熟したタイミングでもう一度導入すればいいんじゃないと、ひとごとでかんがえてる。
と、部署のDEIリーダーに任命されてしまった転職2ヶ月目の奴の戯言でした。
註:
・物理的/生物学的、という言葉は近年慎重に使うべきとされてます。本ブログに於いては古い意味(目に見える定量的な状態/出生時もしくは手術後の身体的特徴)で使用してますのでご了承ください。
・みんな大好きです。
数年前に祖父が亡くなった。
人の死に方をアレコレ言うのは野暮だが、病気もせず、ボケもせず、87歳のある朝(孫のうち1人の誕生日)起きたら亡くなっていたというそれなりに幸福な部類だっただろう。
彼は宮崎県延岡市の田舎の一軒家に5人兄弟の長男として生まれ、中学卒業後から身を粉にして郵便局で働き、自らは中卒ながら弟全員を大学に、妹全員を高校に行かせた。
結婚し、父からその家を譲り受け、3人の子をもうけ、巣立たせ、郵便局長として定年退職したあとは、彼の愛する妻、わたしの祖母と仲睦まじく暮らし、25カ国もの国を巡った。
10年ほど前、家の目の前を流れる川があまりにも氾濫するので、市から助成金が出て、2メートル底上げして家を建て直すことになった。
おそらくふたりにとって終の棲家になるであろう、特に祖母は嬉々として、
ガレージの横に枯山水をつくり(わびさびは…置いておこう)、リラックスできるようジャグジーをつくり、車椅子になってもいいようにスロープをつくり、そしてふたりして車椅子になっても並んで歩けるように、民家で見たこともないほどの広さの廊下をつくった。
まだ廊下のワックスが落ちきらないうちに祖父は亡くなった。
なので、内側だけやけに新しいだだ広い家に、祖母はいまひとりで住んでいる。
1年前、86歳にしてついに免許を返納した。
誰も乗らない軽トラと軽自動車を横目に、
宮崎空港から鉄道乗り継いで3時間、車に乗って高速を飛ばしても2時間弱かかる場所に、同集落には7軒しかない、綺麗な山の中に、ひとりで住んでいる。
先日15年ぶりに祖母に再会した。前に会ったのは東日本大震災の前になる。
学業、部活、仕事、さまざまな言い訳に溺れてこの年月が経った。
シャキシャキ歩いて田んぼと畑を一日中耕してうるさいほどおしゃべりだったのに、腰が曲がり、田んぼを辞め、補聴器が無いと聴こえなくなった祖母。
10歳そこらの孫をそっちのけで大好きな夫と夜どおし喋っていた彼女はいま、毎晩1時間も仏壇に向かって話しかけていた。
毎朝のラジオ体操が無くなり、祖父がわたしのために竹と網で作ってくれたバスケットゴールも当たり前に無くなり、家の目前の川は土砂の堆積で水が無くなり、だけど、
具沢山のお味噌汁とか、庭のきんかんの木、裏山の立派な竹、昔ながらのお風呂、ボケないクンとかいうよく分からない知育ボードゲーム、畑と川しかない街並み、やさしい霧、何年も前に廃校になった母の小学校、
変わらない生活とよそおい、それを60年以上守り続けてきた祖母の人生にわたしは涙してしまった。
彼女は、ばあちゃんは、
なんねどうしたとね、
とやわらかく笑った。
会えずじまいだったじいちゃんの87年に想いを馳せる。
田舎でひとりで日々を過ごすばあちゃんの人生に想いを馳せる。
今回車を出してくれたり、ご飯を食べさせてくれた、母の姉(伯母さん)と弟(叔父さん)の宮崎での人生に想いを馳せる。
地球ってすごい。一人一人のまったく違う人生が幾重にも重なってそれが同時に起こっているってすごいよね。
すごいけど、難しい。
難しいけど、理解しようとしないといけない気がする。
ごめん、オチもなにもない文章でいずれ書き直したいけど、とにかくすごく、人間の人生に想いを寄せた1週間だったから、冷めやらぬうちに駄文を記す。
苦しいほどに悩んでいた時期はもうとうの昔、
みんな、180cmを超える生物学的オンナって
スポーツ面に優れている方(昨今、お前らが勝手に賑わっていたりもした)か、モデルか、わたししかみたことないよね。
(※知らない方のために、わたしの身長は182cmです。)
まず人口に対する比率が少ないから、そりゃ出会う確率も大変少ない。
続いて、透明化。今日はこの話をさせて。
悪辣な漫画の中で描かれる"デカ女"、
LサイズTシャツの着用モデル、
はたまたしばしばわたしたちが巷(や巷という名のインターネット)で話題にする高身長女の虚像(何cmまでが恋愛対象だ、身長差がどうした、などといった贅言を含む)、
すべて180cmのオンナは想定されていない。
(具体的な想定身長は人によって差異があると思うから、書かない、けど絶対に180cmではない)
なぜなら、「デカすぎる」から。
もっと書くと、「想定範囲外」だから。
ひとびとの頭の中の「デッカいオンナ」には、180cmはデカすぎる。
だから考えすらしない、排除すらしない、
ただ、世の中の想定の中に、最初からいないだけ。
これをわたしは透明化と呼ぶ。
人の頭は想定外のことを見ないようにできている。
わたしはいつも透明だ。
170cmの人がデカ女と詰られているとき、
とある漫画の175cmの"デカすぎるヒロイン"が"巨人ww"とバズっているとき、
みんなが恋人の理想の身長について話しているとき、
わたしはいつも透明だ。
自分と同じ身長の女性に会ったことある?
とよく訊かれる。
ないですね、と答える。
本当は、確かに友達にはいない。けど電車や、道や、お店や、街で、見かける。
よく、ではないけどしばしば見かける。
みんな一瞬驚いた顔をして振り返ったり、ヒソヒソ話したりして、たぶん5秒後には忘れてる。仕方ない、透明なんだから、なにかが見えても無かったことになるのだ。
みんな、見たことあるよたぶん。スポーツ面に優れていない、モデルでもない、わたしでもない180cm以上の女性、絶対見たことあるよ。
わたしは訊かれるたびに、その人に透明にされてきた人たちを想う。
だからわたしはなるべく透明を作りたくない。
透明にされることは防ぎようがないけど、透明化することには対策がある。
それは知ること。
知って、想定外を想定内にすること。単純なこと。
そうすればきっと、170cm行きそうなだけで死にたいのに175以上あったらまじ死ぬわ、とか言わない。
レズビアンであっても、アセクシャルを知っていれば、(思い通りに)恋愛できないなんて死んだ方がマシ、とか言わない。
人間や物事を、頑張って知ることは、透明を作らない努力と言い換えられる。
なるべくカラーで見たいじゃないすか世界。
煙草を吸う大人にだけはならないと思っていたけど、なった。
若いうちからバリバリ働いてお金を稼いで、休職なんてヤワな真似は絶対にしないと思っていたけど、した。
特におもんぱかるべき事情も、理由もなく、ただそうなった。
人生は選択の連続でも、樹形図でもなく、ただ流れの中で、成り行きの中で、いかに主体的な気分になれるかというところにかかっている。
パスカルはたぶん皮肉を言っている。
葦がいくら考えたところで、葦なのだ。水辺に佇み、直立不動で、ただ、考える。
そうなると、漱石の『三四郎』における有名な一節も穿った見方をしたくなる。
「熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より……」でちょっと切ったが、三四郎の顔を見ると耳を傾けている。 「日本より頭の中のほうが広いでしょう」と言った。(夏目漱石 三四郎より)
言い換えれば、頭の中より日本のほうが狭いということだ。
考えること、はどこまでも内向きな行為である。
その結果、外向きに影響をもたらすことはできない。
遠い昔、朝日小学生新聞に寄稿された爆笑問題の田中裕二のことばを何故かまだ覚えている。
取り立てて努力もせず、流れに身を任せていたら、芸能界で成功した。運命に抗わないほうが、人生上手くいく。
というようなことを書いていて、幼いながらにもっと人生を指南してくれよ、と思ったし、こんなことを小学生新聞に書くなんて随分と攻めてるなぁと思った(それは今でも少し思う)が、今となっては腑に落ちる。
流れに身を任せる、というのは意外と難しい。
時に激しい濁流に飲まれるかも知れないし、水流が滞るかも知れない。
流れ着く先がどこかも想像がつかないから、不安になって必死に足掻こうとする。
自分の行く末や運命は自分のあずかり知らぬところだと受け入れて、たどり着いた先を、その道のりを、楽しむということが人生だし、人生において、それができうる限りの主体性だと思う。
という、曲がりくねった、就活生へのエールでしたが、伝わっていることを祈って。
まだ青いライム。
名前はみんな知ってるのに主役になれない。酸っぱいほどに未熟。
常に楽な方ばかりに流される。選択しているようで、していない。最初から答えは決まっている。
次に、憂う。内在的な運命で片付けられない責任を、外に押し付ける。政治が、世の中が。資本主義が、ミソジニーが。
そして、諦める。全てはどうにもならないし、できないと。ただ死にゆくだけだと。
時間という概念を、終末へのカウントダウンだと定義づけたキリスト教の手柄は大きい。
しばしば対義語として捉えられる仏教の輪廻転生もまた同様の手柄だ。
つまり宗教とは、ただ生まれ、ただ死んでいくだけの自らがあまりにも無力であることを知らないための手段であり、「生きる意味」という"絶対に無い"ものを、日々の糧とできるほどのエビデンスである。
そういう意味で、昨年のかの事件はあまりにも含みが大きい出来事だと思う。
宇宙への無力に対する恐怖への抗いという、いかにも人間臭い行いであるという点において、宗教に縋っている人の方がよっぽどマトモである、と、思ったりもするが、なにも無力から逃れる手段は宗教だけではない。
無力であることから目を背けること、寓話的な「生きる意味」を見出すことは、宗教という一方通行な惚れこみのみならず、日々の家族や友人、恋人との営みという双方向的な愛情の交換で可能となる場合がある。また、人間相手でなくとも、動物や無機物に対して惚れこめば、それがそうなる可能性もある。
と、なると、結局愛情と呼ばれる様々な感覚や行動が、人間を人間たらしめているのではないか。逆に、先天的でも後天的でも、なにも愛せなくなってしまった人にとって、この世は本当に生きづらい場所なのかもしれない。
辛いとき、苦しいとき、愛することを心掛ける。それがどれだけ小さいコト/モノ/ヒトであろうと、愛することを大切にする。
なにも愛せなくなったとき、もしかしたらそのときが、終わらせるタイミングなのかもしれない。