AY's blog

思ったことをだらだら書いている。読んだら感想とか教えてくれたら嬉しい。

飲むヨーグルト、雨、小さな落胆

大学2年からしばらくの間麻布十番にある小さなチーズ屋さんでアルバイトをしていた。

17時半にバスケの練習が終わり、ダッシュで門をくぐり、18時からのシフトに滑り込む。23時半までチーズを売ったり、イートインのマダムたちに簡単な食事を出したり、ワインを注いだり、洗い物をしたりしながら過ごして、レジを締めて24時過ぎに店をあとにする。

そのまま深夜を迎えてかなり臭いがキツくなってきた大江戸線に乗り込んで帰宅する日もあれば、麻布十番や六本木に住む友だちを呼びつけて飲み食いしたり、家に泊めてもらうこともあった。


就活でさ、飲食店のアルバイトで売上伸ばしましたとかたまに言う人いるけど、あれ全部嘘だと思ってるから。そんなこと、一介のアルバイターに考える余裕ないって。

そんなことより、ワインを注ぐときにお客さんのモンクレーに飛ばしちゃわないかとか、店長がチーズ切ってる間にいかに機敏にお会計済ますかとか、店内BGMをYouTubeで流してるから優雅なジャズの合間に楽天カードマン流れちゃったらどうしようとか、レジ締めの後本社に送るファックスの字をいかに綺麗に書けるかとか、店長とオーナーが今日は喧嘩しませんように(仲裁役がいつもわたし)とか、そういうちまちましたことばっかり考えるので精一杯だもん。売上伸ばしましたが仮に本当だとしても、そんなこと言ってる人たちはめちゃくちゃ仕事が出来るか、そういうちまちましたこと考えない図太い人か、どっちかだと思ってるし、大抵は後者だよ絶対。

 


ちまちましながらもだいぶ慣れてきたとき、多分秋ごろ、新しいバイトが入ってきた。

彼は確かわたしより4,5歳年上で、アパレルで働いていたけどやめて、次の職場までの繋ぎでここで働くということだった。

ここでは僕が後輩だから、色々教えてください。とか言ってはにかむ彼は少しだけ、ほんの少しだけ伊勢谷友介に似ていて、ツーブロがよく似合っていた。必ず黒と白と差し色、の3色で構成されていたコーディネートはかなりスタイリッシュで、靴にお金をかけていた。喉仏と手が大きくて、身長は小さかった。

つまり、

彼はすごくかっこよかったの。わたしはお店の全体LINEから彼を友達追加して、スニーカーがおしゃれで好きだという旨を伝えたら、ちょうど次のスニーカーを買いたいところだった、と彼は言って、一緒に選んでくれないか、という話になり、ラッキーなことにとんとん拍子で、2人でショッピングにいく約束を取り付けた。

約束は2週間後だったから、その日までも何回か同じシフトになることがあった。お店は小さいので、大抵は2人で働く。お客さんがひっきりなしに来ることもないので、2人だけで何時間も過ごすゆるいバイトだった。

わたしは別に恋愛対象としてではないけど、彼のそのスタイリッシュさにかなりの好意を持っていたからすごく嬉しかったし、彼もわたしの好意に気付きながら、悪い気はしていないようだった。

 


約束まで1週間を切ったある日、火曜日、曇りのち雨、閉店間際、1人のおっさんが来店した。彼は酔っていて、なんとなく悪い予感はしていたけどやっぱり、レジで接客する彼に難癖を付けた。俺の考えてることがぜんっぜん分かんねーのな!とか、メンヘラみたいな台詞を口にしながら何やらすごく怒っていて、一方難癖を付けられている彼は固まってしまっていて、言われたい放題だった。彼が働いていたアパレル、接客業とは言っても超高級ブランドだったから、そんな変なおっさんの対応とかしたことなかったんだと思う。

さてこのおっさん、実はこの数ヶ月前にも来店していて、新人でレジ打ちや包装が遅いわたしを散々いびった。ただ、変なおっさんあるあるだと思うんだけど、妙なところにスイッチがあるから、わたしがめげずにむしろ喧嘩腰で、新人なんですすみません!精一杯やってますお待ちください!!みたいなことを大声で言いまくってたら、君、強気だね、気に入った!みたいな、よく分からない認められ方をしていたのだった。

わたしは固まる彼を押しのけて、すみません〜!!ていうか今日雨で…寒いですね、ご足労マジでありがとうございます!!とか適当なことをまた大声で言ってたら、おっさんはわたしのことを思い出し、またなぜか上機嫌になって、飲むヨーグルトとブルーチーズをお買い上げになり、雨の中に消えた(ちなみに、わたしの新品のビニ傘が無くなりおっさんのヨレヨレの紺色の傘が残っていた。まじで許しません)。どちらも賞味期限ギリギリだったけど、大丈夫なのかな。と思った。こんなおっさんがお腹壊さないか心配するの、わたしってかなり優しいと思う。

雨だし、もうお客さんは来ないだろうということでそのあとすぐ、いつもより早めに店じまいをすることになった。


締め作業をしながら、

「恥ずかしいなぁ…僕、男なのに、君に助けてもらっちゃって」

と彼が呟いた。わたしは

「あの人前も来てたんでたまたまっス…!」

とかよく分からないことをほざき、彼はまた

「いや〜…ちょっと男として情けないところを見せちゃったなぁ」

と頭をポリポリしてた。

んーと、わたしはすごく嫌だった。さっきの局面で男とか女とか関係ないし、なんなら別に助けたわけでもなくて、店員として普通に対応しただけで、たまたまそのおっさんが得意分野だったから顔突っ込んだだけで、別に彼のことを情けないとか男としてダメだとかそんなこと1ミリも思わなかったのに。先回りでそういう言い草するのこそ、情けないと思っちゃうんだけど。ねぇ。今のそのセリフが、すごく情けないんだけど。

「ごめんね、せめて力仕事はやっておくから、君は本社へのファックスお願い!」

ううん、力仕事って言ったって、腰の高さしかない看板をお店の中に入れるのと、ゴミ出すのと、ビール瓶運ぶだけじゃん。わたしも出来るよそのくらい。


わたしは彼よりも年下だし、"女"だけど、対等に接したいのになぁと思ったら、彼に対する好意が急にスルスルとしぼんで、ツーブロックよりも剃り残したヒゲが、スタイリッシュさより昨日と同じズボンのことが、はにかむ謙虚さよりその照れ隠しのダサさが気になってしまった。

雨はすごく強まっていて、お店にある予備の傘に当たる雨音のせいで、帰り道、彼の声はほとんど聞こえなかった。


そして日曜日、わたしは明け方だけ、六度五分が高熱の世界線に住んだ。

彼はぜんぜん悪くなくて、考え方がちょっとダサいだけで、悪いのはおっさんとわたしでしかないけど、それでも彼の靴をウキウキで選ぶことはできないなと思ってしまったから。

 


結局そのあと彼はまたアパレルで働くことが決まって、すぐにお店を辞めた。

短い間でしたがありがとうございました、とひとことLINEを入れると、

こちらこそ〜。

とだけ返ってきた。

 

 

かっこわるいツーブロ君と、心の狭いわたしの話。

当たり前にそのLINEを最後に一切の連絡が途絶えた。インスタも消えた。

少しだけどこかがチクリとしたけどこれは反射のようなもので、絶対に感情の付随はなかった、多分。